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vol.36 がん制御学教室

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北海道大学大学院医学院の教員・教室を紹介します
がん研究と創薬を加速する新しい手法の開発

北海道大学大学院医学院 癌病態学講座 がん制御学教室

教授園下 将大癌病態学講座

  • 1999年、東京大学薬学部 卒業
  • 2001年、東京大学大学院薬学系研究科修士課程 修了
  • 2004年、京都大学大学院医学研究科博士課程 早期修了
  • 2002~2004年、日本学術振興会特別研究員 DC1
  • 2004~2008年、同 PD
  • 2008~2011年、京都大学大学院医学研究科 助教(遺伝薬理学・武藤 誠研究室)
  • 2011~2012年、同 講師
  • 2012~2017年、同 准教授
  • 2013~2017年、Mount Sinai Medical School (NY, USA) 研究員(発生再生学・Ross Cagan研究室)
  • 2018年9月~現在、北海道大学遺伝子病制御研究所 がん制御学分野 教授
  • 2019年8月~2021年7月、文部科学省 学術調査官(兼務)

発生機序の解明と創薬でがんを「制御できる病気」に

▲ 「基礎研究や臨床の中で出てくる問題意識を大切にし、医学と薬学の研究者が協力して新しい薬や治療方法を考えていくことはとても重要です」と語る園下教授

2018年に発足したがん制御学教室は、アメリカ・マウントサイナイ医科大学での5年間の留学を終えた園下将大教授が立ち上げた教室です。「制御」という名称には、がんの根本的な理解を深め、予防や治療の方策を確立することで、がんを「制御できる病気」にしたいとの願いが込められています。

「がんを制御するには、まず『がんとは何か』という本質的な問いに答えなければなりません。そのため、本教室ではなぜがんができるのかという発生機序の解明を大きなテーマとしています。もうひとつは『がんの新規治療薬の開発』です。がん治療には外科手術以外にも抗がん剤治療や遺伝子治療などがあり、発生機序と治療法の開発の2つが究極の目標になると思っています」と園下教授。 がん発生機序の解明においては、大腸良性腫瘍の発生が、上皮-間質相互作用により増殖が促進されることや、そこに生理活性脂質プロスタグランジン(PG)のひとつであるPGE2とその受容体サブタイプであるEP2がシグナル伝達経路として機能していることを2001年に発見。EP2受容体に対する拮抗薬が大腸良性腫瘍発生の予防・治療薬となる可能性を提示しました。

北大の医学研究院にはがん研究を行っている研究室が多数ありますが、本教室の特色は、臨床検体や培養ヒト細胞、マウス、ショウジョウバエなど、複数の系を相補的に活用することで研究を効率的に推進している点にあります。中でもショウジョウバエを使った遺伝子機能や薬効の解析は研究の加速に大いに役立つと考えています。

「なぜショウジョウバエに着目したかというと、哺乳類のモデルを使って創薬研究する従来の手法にはさまざまな制約があるからです。例えばマウスを使った研究では、薬の効果を確認するまでに数ヶ月から1年近くかかることがあります。そうした研究を長年続けてようやく人への応用の道筋が見えてくるというのが現状です。その欠点を補ってくれるのがハエで、まずハエの遺伝子は哺乳類と非常によく似ている特徴があります。そして、実はハエと哺乳類は大変よく似た薬物応答を示します。さらに、ハエは実験生物として1世紀以上の歴史を持ち、遺伝学の実験手法が非常に発達している優れた材料です。次世代を生み出すのに10日程度しかかからず、さまざまな遺伝子異常を模倣したモデルを作り出したり、数を増やしたりすることが容易です。このハエを上手に使い、哺乳類を相補的に組み合わせることで迅速な研究遂行が可能になるのではないかと考えました」

ハエを活用した研究手法で創薬の開発プロセスを大幅に短縮

▲ コーヒー部やマラソン部、ゴルフ部など多彩な同好会活動があり、明るく楽しい日々を送っています

ショウジョウバエを使った創薬研究は園下教授がアメリカ留学中から取り組んでいたもので、マウントサイナイ医科大学のRoss Cagan教授(現・グラスゴー大学教授)に師事し、ショウジョウバエと哺乳類を組み合わせた研究基盤を確立。同研究室では、既存の認可薬の大きな課題となっている高い毒性を低減するための論理的な手法の開発に取り組みました。この中で、甲状腺髄様がん治療に使われているキナーゼ阻害薬を対象に、ハエでの実験結果をもとに化学構造を改変して、ヒトのがん細胞の成長を著明に抑制する類縁体を同定。有望なリードとして治験の準備を進めるなど大きな成果を上げています。

「これまでの研究により、ハエで解明した遺伝子の機能や薬の効き目が、非常に高い確率で哺乳類でも再現できることがわかってきました。現在は、がんの中でも最も治療が難しいとされる膵がんを対象に、効果が期待できる化合物をハエで探索し、いくつかの候補を見つけています。この結果をもとにヒトの膵がん細胞を移植したマウスにも投与したところ、同様にがん細胞の増殖を抑えることができました」

▲ 図1:ハエの複眼。左が正常、右が遺伝子の働きを変化させて細胞増殖を誘導したもの

実験室では、染色体に酵母由来の遺伝子発現制御機構を組み込んだハエを11台のインキュベーターで飼育し、16℃〜27℃の温度管理で成長をコントロールしながら、患者のさまざまな遺伝子異常を再現したモデルハエを作成。細胞の増殖や副作用などについて解析を行っています(図1)。ハエでの実験をもとに効果のある化合物の候補を絞り込むことができれば、マウスでの実験期間やその費用を大幅に削減することができ、さらには臨床への応用もより近づくと考えられます。

「臨床への応用という点では、手軽な経口投与薬の開発に力を入れています。ハエの餌を自分たちで作成し、そこに化合物を混ぜ込むのです。化合物だけでなく、例えば身近な飲料・食品を混ぜることも可能で、それらががんの性質や薬物の効果にどのような影響を与えるかという研究もおこなっています」

また、園下教授は医学だけでなく薬学、歯学など多様な分野が協力してがん研究に取り組むことが重要だと考えています。
「本教室が医学院に身を置くことによって、薬学の研究者が患者さんとのつながりを意識したり、医師が臨床現場で考えた薬の作り方・使い方を一緒に考えるなど、お互いが補い合って研究を進められる環境にあります。本教室には歯学部の大学院生も在籍し、医・歯・薬のコラボレーションも積極的に行っているほか、理学部や工学部などの出身者も素晴らしい研究を展開しており、各自の視点を活かしてハエを活用することで多彩な研究手法や成果が生まれることを期待しています」

▲ 中国からの留学生である海 涵(はい はん)さんは、膵がんにおける遺伝子異常パターンの解明を研究テーマとしています。教室に来て約半年でほぼすべての実験が行えるほど熱心に学んでいます
▲ 飲料が膵がんに及ぼす効果について研究している石原朋宣さん。創薬にもつながる可能性があると期待されています

(取材:2021年10月)

フレンドリーな雰囲気の中でそれぞれの研究テーマを探究

▲ 研究室のランニングチームの写真

教員も大学院生も下の名前で呼び合い、誕生日会を開くなど、和気あいあいとした雰囲気が特徴のがん制御学教室は、医学、薬学、理学、工学、歯学など多様な分野から人材が集まっています。がん制御を目指した研究以外にも、がんの発生メカニズムの解明や遺伝子異常を再現する手法の開発、飲料・食品とがんとの関わりなど、研究テーマも多岐にわたります。園下教授は「大学院での学びは、長く続く研究者人生の通過点に過ぎないと思っています。自分の夢や目標の実現に向けて頑張る人を応援すると同時に、研究生活を通じて自分の目標をじっくり見定めていきたいと考えている人も応援します。ぜひ一度相談に来てください」と語っています。