北海道大学医学院 内科学講座 消化器内科学教室
教授坂本 直哉内科系
- 1987年、東京医科歯科大学医学部医学科卒業
- 1987年、東京医科歯科大学第二内科
- 1988年、横須賀共済病院内科
- 1989年、土浦協同病院内科
- 1994年、米国コネチカット州立大学医学部 リサーチフェロー
- 2001年、東京医科歯科大学消化器内科 助手
- 2006年、同、分子肝炎制御学講座 准教授
- 2012年、北海道大学医学研究科 内科学講座 消化器内科学分野 教授 現在に至る
C型肝炎後の課題解決へ向け、さまざまなアプローチで研究促進
1947年の開講以来70年超の歴史を紡いできた消化器内科学教室。現在は5代目の坂本直哉教授のリードで、消化管(内視鏡、炎症性腸疾患)、肝臓、胆膵、化学療法の消化器全領域をカバーする五つの専門グループと基礎系の組織再生幹細胞研究グループが、高度な専門医療を行い、基礎、臨床各領域の先端的研究に取り組んでいます。
慢性肝疾患の大半を占めるウイルス性肝炎、とりわけC型肝炎は、治療法がここ数年で劇的に進化し、体への負担がなくウイルスの働きをブロックする抗ウイルス薬の投薬治療でほぼ100パーセントの患者さんが治る時代となりました。
このC型肝炎の治療薬に関する研究開発を、東京医科歯科大学在職中から行ってきたのが坂本教授です。当時はまだ肝炎ウイルスを細胞で培養する技術が確立されておらず治療薬の開発が遅れていたC型肝炎に対し、肝炎ウイルスをうまく増やす培養系の細胞を発見し、その後の治療薬開発の進展に大きく寄与しました(図1)。
その一方で「まだ薬の種類が限定的なB型肝炎、今後増加が見込まれる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、肝硬変、肝がんといった肝臓疾患については、いまだに研究課題が山積しています」と教授は指摘します。
「私たちはこれらの課題解決へ向け、さまざまなアプローチで研究を進めています。北海道で多発するB型肝炎を完治させる薬の開発はもとより、ウイルス性肝炎やNASHなどが原因で肝硬変になってしまう人の診療は大きな課題で、肝硬変の進度や予後の診断を従来の肝臓の組織を採取する方法ではなく、血液検査だけで行えるようなバイオマーカー技術の開発を進めています」
さらに、組織再生幹細胞研究グループと共同で「肝硬変をヒトの羊膜由来の間葉系幹細胞で治療する細胞治療の研究にも取り組んでいます。動物実験では効くことがわかったので、なんとか臨床につなげられないかと思っています」
「2年前から分子標的薬が次々と登場し、治療の選択肢がぐんと増えた」という肝がんについても「副作用もあり人によって効きも異なるこれらの薬をどの順番でどのように使うかといったエビデンス確立のための研究や、ごく最近は抗がん剤だけではなく、オプジーボのような免疫チェックポイント阻害薬を用いてがんの再発を止める治療の可能性も追求しています」。
皆が大学院に来て、共に研究し、共に学位を取得できることが理想です
消化器内科学教室では、培養細胞を使った基礎研究のほか、内視鏡や超音波穿刺で採取した臓器の組織や細胞を用いて、消化器系では最もやっかいとされる肝臓、胆嚢、膵臓のがんを対象とした分子標的薬などの新規治療法の研究、開発を積極的に推進。肝臓、炎症性腸疾患、胆膵、化学療法の各グループは、消化器系のさまざまな腫瘍の遺伝子診断の研究も行っています。
さらに「消化器内科では今、腸内細菌叢(腸内フローラ)がトピックです」と坂本教授。三千種ある腸内細菌の一つ一つを分析する次世代シーケンサー技術を用いて、肝臓グループではNASHの患者さんから組織の検体や便検体を採取し、腸内細菌叢と発病、治療、効果の関連性を解析。胆膵と化学療法のグループは膵がん治療における腸内細菌叢の効果を検証しているところです。炎症性腸疾患グループでも免疫チェックポイント阻害薬に起因する大腸炎発症と腸内細菌叢の関連性などの研究を行っています。
北海道大学病院は全国で11箇所のがんゲノム医療中核拠点の一つですが、化学療法グループは、国に指定される以前から消化器がんに関するがんゲノム研究を行ってきました。現在は、国立がんセンターが中心となり全国の主要ながん医療機関が協同して、がん患者さんの血液を用いて遺伝子解析と腸内細菌叢の検査研究を行うMONSTAR-SCREEN の北海道地区のとりまとめ役を担っています。
教室では内視鏡グループを筆頭に多くの女性が活躍しています。坂本教授は「仕事と家庭を両立させて専門医となった先輩方の存在は大きい」と話します。「女性だからと負担を軽くするだけでは結局キャリアもそれなりになってしまいます。手本となるキャリアモデルが身近にいる環境を整えることを一番に考えています」
肝臓グループに所属する大学院3年目の重沢拓医師は、レンバチニブという新薬が肝がんの幹細胞にどのような効果を発揮しているかを調べています。「従来の抗がん剤より多くの人に効果があることは明らかでしたが、その仕組みがわかっていなかった。レンバチニブには肝がんの幹細胞を強力に抑制し、がんの増殖を抑える効果があることを突き止めました」
重沢医師はこうした基礎研究のほか、血液検査でバイオマーカーを調べることで新旧の抗がん剤の効果を予測する因子を探索する臨床的研究も行っており、これらの研究成果を学術誌に投稿中とのことです。
臨床医の大学院進学は「ごく自然なこと」と語る坂本教授。「わたしたちの教室では、臨床で得たものを研究に持ち込んで臨床に戻す『クリニカルサイエンス』を推進しています。臨床医は診療や手技のことばかりではなく、遺伝子診断やAI、安全性の高い治療法など刻々と変化する医学の進歩に立ち会えるような研究者の素養を身につけ、臨床の現場で新しい手技や所見を目にしたときにアカデミックに評価する能力が必要です。教室にとって大学院は軸ですから、ある年齢になったら皆が大学院に来て、共に研究を行い、共に学位を取得できるようなありかたを理想としています」
(取材:2019年10月)
レジデントカンファレンス
先代の浅香正博教授の頃から教室員が楽しみにしているのが、年に一度のレジデントカンファレンスです。後期研修医や入局数年目の若手医師が、自らが経験した症例のプレゼンテーション力を競う催しです。テーマとなる症例の選定はもちろんのこと、その内容がきちんとプレゼンできているか、質疑にちゃんと答えられているかなどが審査され、最も優秀な若手医師に坂本教授から金の聴診器が贈られます。発表者に有益な質問や”痛い質問“を投げかけて会を盛り上げた質問者にも「ベストディスカッサー賞」を授与。「良くも悪くも若手にフィードバックすることが大切です」と坂本教授。