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vol.45 衛生学教室

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北海道大学大学院医学院の教員・教室を紹介します
データ解析から環境と健康影響との関係性を解明

北海道大学大学院医学院 社会医学講座 衛生学教室

教授上田うえだ 佳代かよ社会医学系

  • 1994年、北海道大学医学部医学科 卒業
  • 1994年、大阪大学医学部 第4内科 研修医
  • 1995年、淀川キリスト教病院 内科 医員
  • 1997年、山口大学医学部 第二内科 医員
  • 2002年、小郡第一総合病院 内科 医員
  • 2006年、山口大学医学系研究科 医療環境統御医学講座環境保健医学 助教
  • 2008年、国立環境研究所 環境健康研究領域 研究員
  • 2014年、京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻 准教授
  • 2021年、北海道大学大学院医学研究院 衛生学教室 教授

大気汚染の越境問題と健康影響の研究

▲ 「農業由来の大気汚染が周辺国にも広がることで国際問題に発展するケースもあり、国の環境政策のベースとなる科学的知見を提示することは非常に重要だと考えています」と話す上田教授。

衛生学教室は、大正15年(1926)に開講され、伝染病予防・治療や環境衛生をはじめとする幅広い研究を行ってきました。近年は、第6代西浦博教授が数理モデルを利用した感染症の疫学研究に取り組み、新型コロナウイルス感染症に対する功績で国内外から高い評価を受けています。
西浦教授の後を継ぎ第7代教授に就任した上田佳代教授は、内科医として臨床に携わった後、環境保健、環境疫学分野の研究を続けています。
「臨床の現場ではいろいろな問題に突き当たりました。その時の疑問や仮説が現在の研究につながっています。たとえば、特定の地域に特定の疾患が集中していたり、数年単位で患者数が増減する原因について、臨床医の経験だけで解明することは困難です。地域特性や環境が原因と考えられる場合は、より広範囲な環境データの検証が必要で、時には衛星画像などを使ったグローバルな気象・大気環境情報を用いる場合もあります」と上田教授。
現在、本教室では環境保健、環境疫学、高齢者の保健福祉疫学に関する研究に取り組んでいます。中でも、低中所得国(開発途上国)における環境疫学研究では、経済発展の著しいアジアにおける大気質悪化と健康への影響について解析を行っています。
「欧米や日本では、いわゆる『公害問題』の一環として大気汚染を問題視し解決してきた歴史があります。現在はさほど大きな社会問題と認識されていませんが、アジア諸国では10年ほど前から大気汚染など環境汚染が大きな問題になっています」

[1]2016年5月より厳正な野焼き禁止を実施したことで野焼きの実施回数が劇的に減り大気汚染物質である粒子状物質(PM10)濃度も低下したことが報告された。本研究では分割時系列解析により、野焼き禁止前後での呼吸器疾患の受診数の変化を調査し、野焼き禁止強化後、呼吸器疾患の受診数が10%近く低下したことを確認した。グラフは野焼き規制後の受診数の変化。左側は呼吸器疾患で、Lampang以外は受診数が減少している。右側は胃腸疾患で、こちらはほぼ変化がない。

同じ東南アジアでも、都市化が進んでいる地域では工場や車からの排気ガスなどが問題化していますが、農村地帯では、焼畑農業や農業由来廃棄物(収穫後の稲わら)の燃焼に由来する煙が周辺の国・地域に移流する「越境大気汚染」が大きな問題になっています。上田教授の研究グループは、2022年、タイ北部における野焼きなどによる大気汚染と、周辺住民の呼吸器疾患の増加との関連性について研究を行い、野焼きを禁止する環境政策が呼吸器疾患の低減に効果があることを定量的に証明しました[1]

気候変動が人体に与える影響を明らかに

▲ 少人数ながら国際色豊かなメンバーが集い、自分に関心のあるテーマに取り組むとともに、各自の研究進捗や最新情報を共有し合うことができる衛生学教室

近年、本教室が力を入れて取り組んでいるのが気候変動により引き起こされる健康影響に関する研究です。気候変動による健康影響の代表例は夏の酷暑下での熱中症ですが、それ以外にも循環器疾患、呼吸器疾患などが注目されています。また、台風や大雨により水害が発生すると、胃腸炎の患者が増加するとも言われています。上田教授の研究グループは、こうした現象について統計学を用いたデータ解析によって関連性を明らかにしてきました。
「全国規模の救急救助統計などを用い、著しく気温が高い日の救急車の出動回数や搬送患者の疾患の種類などを解析し、熱中症だけでなく循環器・呼吸器などさまざまな疾患の発生・増悪が増え、結果的に救急搬送が増えるという結果を得ました」
また、気温の高い日には、内科的疾患だけでなく、自損行為(故意に自分自身に傷害を加える事故)や加害(故意に他人から傷害を与えられる事故)が増えることも明らかにしました。
上田教授は、「気候変動に伴う異常気象や災害は、熱中症以外にも内科的疾患や自損行為など人体への影響が大きいことがわかってきました。地球環境の問題というだけでなく、自分の身体や精神に直接的な影響を及ぼす可能性があることを、多くの人に知ってもらいたいと思います」と語ります。

もうひとつの研究テーマは、「PM2.5」の成分と健康影響に関する研究です。PM2.5は大気汚染物質のひとつで、大気中に浮遊している2.5μm(1μmは1mmの1,000分の1)以下の粒子であり、従来は主にPM2.5の濃度が重視されていました。しかし、PM2.5は複数の成分(炭素成分、硫酸イオンや硝酸イオンなどのイオン成分、鉄やアルミニウムなどの無機元素成分など)から構成されている混合物質であるため、特定成分と健康影響への関連性が注目されています。本教室では、国立研究開発法人 国立環境研究所をはじめとする共同研究に参画し、救急搬送を指標としたPM2.5の特定成分と健康影響に関する疫学的研究を行いました[2]

さらに「超微小粒子(UFP)」というPM2.5よりさらに小さい粒子による健康への影響についてです。「UFPは呼吸器だけでなく循環器・中枢神経系にまで影響を及ぼすことが懸念されています。しかし、詳細がわかっておらず、国内での濃度分布も不明なため規制もされていません。人体への影響に関しても不明な点が多いので、データの収集と解析を進めているところです」

教室には海外からの研究者も多く、グローバルな環境の中で研究活動が行われています。前述の研究テーマ以外にも、社会的環境と健康影響に関する研究の一環として高齢者の保健福祉課題の疫学研究にも取り組み、介護施設に居住する認知症高齢者の社会的交流とBPSD(認知症の行動・心理症状)の関連性について明らかにしています。
また、大学院生・学部生ともデータ解析に関するスキルアップに力を入れており、統計ソフトRを用いた実践的な勉強会や個別ミーティングなどを通じて、研究技術の習得を図っています。

▲ 薬学部出身の高田拓哉さんは、戦争や紛争で難民となった人たちを対象に、環境や気候と健康影響に関する研究に取り組んでいる。「難民はそもそも健康に関するデータが少なく、正しく調査されているかどうかも分からないのが現状です。データ分析も難しい点が多いのですが、それを考慮した上でどのような知見が得られるかを見極め、新たな提言につなげていくことを目指しています」

(取材:2023年8月)

統計ソフトの習得や英語のプレゼンテーションでスキルアップを図る

▲ 社会医学実習の授業では、下水処理施設などを見学し、下水に含まれるウイルスなどの微生物や人から排泄された薬などを解析する手法を学ぶ

教室主催で統計ソフトRを用いた実践的な勉強会を行うほか、演習や講義に合わせて、初心者から学べるRによるデータハンドリングと統計の集中セミナーも行っています。
また、東京大学や長崎大学とのオンライン共同ゼミにも参加しています。参加者の多くが留学生で、英語でプレゼンするとともに、国内外で活躍している環境疫学分野の研究者と英語で質疑応答します。発表の仕方、質疑応答の仕方を学ぶことができ、海外での学術集会での発表の練習にもなります。