北海道大学大学院医学院 社会医学講座 衛生学教室
教授西浦 博社会医学系※2020年8月より京都大学大学院医学研究科 健康要因学講座 環境衛生学分野 教授
- 2002年、宮崎医科大学医学部卒業
- 2006年、広島大学大学院医歯薬総合研究科博士後期課程修了
- 2004年、インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)医学部感染症疫学教室 客員研究員
- 2005年、チュービンゲン大学医系計量生物学研究所(ドイツ)研究員
- 2007年、ユトレヒト大学(オランダ)理論疫学 博士研究員(2009年よりJSTさきがけ研究員)
- 2011年、香港大学公共衛生学院 助理教授
- 2013年、東京大学大学院医学系研究科国際社会医学講座 准教授
- 2016年、北海道大学大学院医学研究科教授、現在に至る
新興感染症の特徴をリアルタイムに分析、流行対策や予測を施す研究に取り組んでいます
「この半世紀、エボラ出血熱やジカ熱、中東呼吸器症候群(MERS)などの新興感染症の発生数は増加傾向にあるといわれています。航空機によるヒトの移動が活発になり、自然界で動物種に接触する機会が増えたことも原因と考えられています。感染症が世界の片隅で流行すると、瞬く間に国際的な感染を拡大させる場合もあり、国や自治体は、いまだよく分かっていない感染症を相手に、流行対策を講じることが求められます」。こう語るのは、2016年から衛生学教室を率いる西浦博教授です。
西浦教授は、世界のどこかで流行中の新興感染症が、日本に住む私たちにどの程度身近か、感染するとどのような人がどの程度の確率で死亡するリスクがあるのかなどを定量的に明らかにする“リアルタイム研究”のエキスパートです。教室では、こうした感染症と人口学に数理モデルを活用する社会医学系の研究グループを形成しています。
「ひとたび感染症が発生すると、地球の裏側へ飛んで、国連機関や医療系のNGOの協力を得て観察データの収集、分析を行います。しのぎを削る世界中の研究機関の先頭に立つために、10日以上もほとんど寝ずに論文を書き上げることも。それに耐えられるだけの知識や技術、加えてメンタル、フィジカル両面でのタフさを日ごろから磨いておくことが、私たちの研究では求められます」と話します。
リアルタイム研究には、教室員の連携が欠かせません。マダガスカルでペストが大流行した2017年は、流行の一報を認識したのち、皆が手持ちの研究の手を止め、このためだけに2週間を集中的に費やし、政府機関から得られた感染者の観察データを分析。8月から10月末日までの流行の動態からリアルタイム分析と国際的流行拡大の予測を行い、11月17日には「マダガスカルの肺ペスト流行の国際的流行リスクが、極めて限定的であることを証明」する論文を欧州の疫学専門誌「Eurosurveillance」で公開しました。
「私たちの研究は、各国の感染症流行データに加えて、ヒトの移動ネットワークデータを活用して国際的流行リスクを予測したところが特長です。このほか、気象データや保険診療データなどのビッグデータの利活用で研究手法の飛躍的な改善を図っており、思いもよらぬところから新しい予測が生まれつつあるのが興味深いところです」
ワクチンで予防可能な感染症に最も効率的で効果的な対策をデザイン
教室員は、医師や保健師のほか、数理科学、生物学、物理学、獣医学、統計学、情報科学、政策科学を専門とする国内外の大学院生やポスドク、学内外からの研究員などで構成されています。「多彩な研究者が揃っているのが教室の自慢です。異なる言語や物の見方も、共通のテーマで議論を重ねるうちに楽しめるようになります」
新興感染症の流行時以外は、めいめいが、風疹やはしかなどワクチンで予防可能な感染症やその他の感染症、人口学を対象に、研究に取り組んでいます。
西浦教授指導のもと、2017年11月に博士研究員が行った北朝鮮の感染症リスクに関する疫学研究では、脱北者の受け入れ先であるカナダや韓国で、再定住化支援を行うNGOなどから集めた疫学調査データを分析。子どものはしかや結核感染の増加、韓国との国境周辺で流行している三日熱マラリアなどの感染者が一定数存在する実情を明らかにしました。その直後に北朝鮮籍木造船の日本海沿岸への漂着が頻発。漂着船の船員が活動性結核を患っていたことから、対応時に結核の曝露を受けた各省庁の職員の健康状態が気遣われることとなり、行政による難民対策が急がれるなかで、教室が果たす役割も拡大しています。
「国の感染症対策に欠かせない予防接種は、やみくもに行うのではなく、ヒトの接触パターンや人口動態を加えた数理モデルで流行動態をとらえることができれば、最も効率的で効果的な接種の方向性を明示できます。風疹の流行を抑えるには、何歳のどの性別のヒトを対象に、どの程度のワクチン接種が必須であるかなど、理論に裏打ちされた数値を提示する必要があります」
国際色豊かな教室では、セミナー、勉強会、研究相談の公用語は英語です。西浦教授は「今は英語ができなくても、この機会に練習しようと積極的にコミュニケーションをはかる方であれば大丈夫」と大学院生にエールを送り、海外の一流の研究機関に挑戦する権利が与えられる日本学術振興会の特別研究員に採用されるための“履歴書(研究歴)改革”を支援。研究室配属直後から戦略的に論文執筆の経験を重ねてもらうことで、彼らの未来を保証しようとしています。
一方で「人口減少社会において教育研究者という職業を目指すなら、大学院時代に研究面で他を圧倒することが必要」と強調します。「この分野は時代の移り変わりが早く、明日は自動化されてしまうことを数式で小さく書いている段階はいつか終わります」
“肥満は伝染する”という新しい発想で肥満の数理モデルを構築し、現在も米国の肥満研究の第一線で研究を続ける教え子を例に「感染症に凝り固まらず、興味ある分野を自ら開拓する姿勢も大切です」と助言します。
(取材:2018年1月)
月一回の外出イベント、週一回のアウトブレイクスキャンそして毎日のランニング
教室では月一回、全員が研究の手を止め、外の空気を吸ってリフレッシュを図ります。冬は藻岩山で雪山登山、円山スケートリンクやわかさぎ釣り。夏場はジンギスカンに陶芸、キックベースなど。また、毎週水曜の朝は、世界の感染症アウトブレイクを洗い出す会合を行い、いち早く流行の情報に触れるようにしています。西浦教授はキャンパス周りを毎日ジョギング。走るのが得意な教室員の後についていったり、一緒に大会に出たりも。