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vol.44 統合病理学教室

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北海道大学大学院医学院の教員・教室を紹介します
教室の伝統を継承しつつ、次世代の病理学を切り拓く

北海道大学大学院医学院 病理学講座 統合病理学教室

教授谷口たにぐち 浩二こうじ病理系

  • 出身地 大分県大分市
  • 1994年、岩田高等学校卒業
  • 2000年、東京大学医学部医学科卒業
  • 2000年〜、九州大学生医研附属病院、九州大学医学部附属病院、東京大学医学部附属病院などで外科、産婦人科、麻酔科、内科にて勤務
  • 2006年、日本学術振興会 特別研究員(DC)
  • 2007年、九州大学大学院医学研究科外科系専攻修了 博士(医学)取得
  • 2007年、日本学術振興会 特別研究員(PD)
  • 2009年〜2016年、University of California, San Diego(Michael Karin教授)(日本学術振興会 海外特別研究員、Assistant Project Scientist)
  • 2017年、慶應義塾大学医学部 特任准教授、 岸本フェロー
  • 2018年、AMED-PRIME研究者(兼任)
  • 2020年、慶應義塾大学医学部 准教授
  • 2021年、北海道大学大学院医学研究院 教授
  • 2022年、JST 創発研究者(兼任)

「炎症」を基軸としたがんと組織再生に関する最先端の研究

▲ 「近年のテクノロジーの進歩とともに基礎研究は大きな変革期を迎えており、基礎研究と臨床研究の境界がなくなってきている」と語る谷口教授。

統合病理学教室(旧第一病理)の歴史は古く、北海道帝国大学時代に医学部が新設された2年後の大正10年(1921年)に病理学講座が設置されて以来、100年に及ぶ歴史を誇ります。初代今裕教授は医学部出身者として初の北大総長に就任され、医学部正面に胸像が設置されています。第二代武田勝男教授は日本で初めてがん免疫の研究に着手した研究者として有名であり、その後も現在の研究テーマにもつながる数々の研究業績を積み重ねてきました。また当教室は研究と教育に加え、北大病院の病理解剖を担当しています。

「これまでの伝統を継承しつつ、新たな視点や最先端の解析手法を取り入れた研究を行っています」と語るのは、第六代教授である谷口浩二教授。
本教室は、2022年度まで「分子病理学教室」という名称でしたが、2023年4月に「統合病理学教室」に改称しました。その理由について谷口教授は「近年、研究の手法が急速に変化してきたことが大きな要因です。近年の病理学は1-数個の分子に焦点を絞った研究や診断が主に行われてきましたが、最近は数万個の分子を一度に網羅的に解析できるようになり、多くの情報を統合した研究や診断も可能になっています。古典的な形態学や分子レベルでの研究・診断のみでは時代遅れであり、分子レベルの情報と細胞・組織・臓器・個体レベルの情報の統合、形態学と生化学・分子生物学との統合、実験病理学と人体病理学の統合、基礎医学と臨床医学の統合のように多角的で広い視野からのアプローチが今後の病理学の研究・診断においてますます重要になると考えています。また私が専門とする炎症・免疫、がん、再生、老化などの研究分野と他の研究分野との統合も積極的に行なっていきたいと考えています。そうした状況を踏まえ、教室名を統合病理学教室に改称しました。また統合病理学の英語であるIntegrative Pathologyから教室名の通称をiPathoとし、iPod, iPhoneやiPS細胞のように、次世代の病理学を切り拓いていくという決意を込めています」と語ります。統合病理学教室では、研究手法にこだわることなく、研究目的達成のためにありとあらゆる研究手法を駆使して研究成果を出していきたいと考えています。その一方、病理学教室として形態学を大切にしており、本教室では最新の空間的トランスクリプトーム解析を積極的に行なっています。

▲ 「炎症」が「がん」と「組織再生」を引き起こすメカニズムについて

谷口教授は病理学・免疫学・分子腫瘍学・消化器外科学を専門領域としており、現在、統合病理学教室では、「炎症とがん」と「炎症と組織再生」を研究テーマに先進的な研究に取り組んでいます。炎症には急性炎症と慢性炎症があり、炎症は2面性を持つ複雑な現象です。急性炎症は感染防御や組織再生に働く良い炎症ですが、慢性炎症はがんを含むほぼ全ての疾患の発症と進展に関与する悪い炎症です。「急性炎症と慢性炎症の違いを含めて、炎症にはまだ十分に理解されていないことも多く、炎症を標的としたがん治療の開発のためには、まだまだ炎症の基礎研究が重要だと考えています」と谷口教授。
本教室の研究のキーワードとなるのは「炎症記憶」と「腫瘍惹起性炎症」です。「炎症記憶」とは免疫細胞や組織幹細胞が過去の感染や損傷による炎症の記憶を持っていて、その記憶により次の感染や損傷に対して速やかに応答する現象で、そのメカニズムは十分に理解されていません。一方、「腫瘍惹起性炎症」は腫瘍細胞自身が遺伝子変異により炎症がないところに炎症を引き起こしてがんを促進するというタイプの炎症で、がんの約80%を占める明らかな感染・炎症が関係していないがんにおいて重要な役割を果たしています。谷口教授は2009年から約8年間米国University of California, San Diegoの「炎症とがん」の研究で有名なMichael Karin教授の研究室に留学し、主に大腸や肝臓などの消化器における「炎症とがん」と「炎症と組織再生」についての研究を一貫して行い、多くの研究原著論文や総説を発表してきました。大腸の再生研究においては、炎症と組織再生をつなぐシグナル伝達経路として世界で初めてSrc family kinase (SFK)-YAP経路を発見しました。「炎症記憶」の研究はこれまでの「炎症と組織再生」の研究から生まれた帰国後の発展研究になります。また、大腸がんの研究では、がん細胞自身が引き起こす「腫瘍惹起性炎症」を提唱し、その重要性やメカニズムを多くの実験を通して明らかにしました。現在それらの成果をもとに腫瘍惹起性炎症を標的とした新規がん治療法の開発にも取り組んでいます。
今後も「炎症」を基軸としたがんと組織再生の研究を行い、これまでの概念を変えるような研究成果を発信していきたいと思います。

最先端の研究環境のみならず、将来につながる自分の成長を実感できる学びの場を提供

▲ 学部生も含め、若い人材が多く集まる統合病理学教室。さまざまなバックグラウンドを持ち、それぞれの理想を抱いた逸材が病理学の 将来を担っている。

現在、本教室は教員4名、大学院生6名、学部生7名、技術員2名、秘書1名のメンバーで構成されています。現在の教室の雰囲気は非常に風通しがよく、のびのびと研究できる雰囲気が整っています。 本教室では、研究のみならず、最新論文の抄読会やがんと免疫の教科書を使った輪読会、「R」によるデータ解析の勉強会など学ぶことも重視しています。
「がんや免疫に関しては、研究成果や知見がかなり体系化されています。教科書も充実しており、非常に勉強しやすい環境になっています。がん免疫療法の発展とともに、臨床においてもがんや免疫の知識が重要になってきており、大学院や学部時代にがんや免疫を深く学ぶことは大きな意義があると思います。本教室は、臨床教室から大学院に進学した医師も多く在籍しています。私自身もそうでしたが、臨床の現場に出ると自分の専門以外の分野、特に基礎医学を学ぶのはなかなか難しいのですが、当教室の大学院生は診療科の枠を越え、広い視野でがんや免疫について学ぶことができます。抄読会や輪読会を通して最新の医学知識を身につけ、科学的な思考方法を学びながら、同僚と切磋琢磨して研究することで、大きく成長できると思います。さらに伝わるプレゼンテーションや論文執筆の方法も大学院で学ぶ重要なスキルだと考えていますので、その教育にも力を入れています」と谷口教授。
本教室では、海外留学支援、学会発表、研究費獲得などのサポートも積極的に行っています。また病理専攻医として病理専門医を目指しながら大学院で学ぶことも可能であり、田中特任准教授と岩崎助教の指導や関連施設である市立札幌病院、斗南病院やKKR札幌医療センターなどでの研修を含めて実験病理学・人体病理学両方の基礎的なトレーニングを受けることができます。また研究室の多様性を重視しているため、医学部以外や海外からの大学院進学も歓迎しています。大学院修了後は本人の希望や適正により、研究者や臨床医、海外留学、一般企業への就職など多彩な進路が用意されています。

消化器外科を専門とする博士課程3年の浜田和也さんは、現在はArid5aというRNA安定化分子の大腸がんにおける役割について研究しています。「外科と病理は密接な関連があり、外科手術で切除した臓器や組織は病理で診断を行います。臨床の現場でそのような経験をしていることから病理学に興味を持ち、大学院へ進学しました。最新の実験機器など研究環境に恵まれており、先生方の指導体制も充実しています。ここで経験したことを臨床に活かしていきたいですね」と語ります。

産婦人科を専門とする博士課程3年の黒須博之さんは、がんの基礎研究を行うために大学院進学を決めたといいます。「婦人科系のがんはまだ解明されていない部分も多く、婦人科系のがんの基礎的な研究を行いたいと思いました。現在は悪性度の高い子宮体がんにおけるL1CAMという分子の機能について研究を行っています」と語り、充実した毎日を送っています。

▲ 北海道大学DX博士人材フェローシップに採用されている浜田さん。「網羅的解析のデータ解析にはDXの知識やスキルが必要になるので、そういうスキルも伸ばしていきたいと思っています」と語る
▲ 「がんだけでなく、免疫や炎症など多角的な分野から研究にアプローチできることも大きな魅力だと思います」と語る黒須さん。婦人科系のがんと炎症の関係性についての研究に取り組んでいる

(取材:2023年07月)

最先端の知識と技術に触れる勉強会を多数開催

教室では、病理学入門の勉強会をはじめ、研究論文の抄読会やがんや免疫の教科書の輪読会などを多数開催しています。研究論文の抄読会では、Nature、Cell、Scienceなどの一流誌に発表された最新論文を読み解き、最新のトピックスに触れることができます。また、発表を英語で行ったり、「R」を用いたデータ解析手法の勉強会を開くなど、多様なスキルの習得機会も豊富に用意されています。全学1年生向けのフレッシュマンセミナーで「最新医学の知識で再考する医療映画/ドラマ/小説/マンガ」を担当しており、バラエティに富んだ講師陣による最先端の講義に加えて、複数の研究室見学や医療ドラマや映画などを題材としたグループ発表を行い、医学部以外の学生にも最新の医学・医療に触れてもらう機会を提供しています。この授業は、令和4年度の全学教育科目の授業アンケートでエクセレント・ティーチャーズに選出されました。

▲ 学部生も含め、若い人材が集まる統合病理学教室。近年問題となっている病理医不足に応えるべく、次世代の病理医の育成にも力を入れている。
▲ 教室で多様に開催されている勉強会