北海道大学大学院医学研究科 解剖学講座 解剖発生学分野
教授渡邉 雅彦生理系
- 1984年、東北大学医学部卒
- 1988年筑波大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。同年、金沢大学医学部助手(解剖学第1講座)
- 1990年、東北大学医学部助手(解剖学第2講座)
- 1992年、北海道大学医学部助教授(解剖学第1講座)
- 1993~1994年、文部省在外研究員として米国ノースカロライナ大学へ留学
- 1998年、北海道大学大学院医学研究科教授、現在に至る
特異抗体の開発は200種類以上
シナプス回路発達に関する研究で世界初の発見も
渡邉雅彦教授を中心とする解剖発生学分野では、脳機能発現の舞台となる興奮性シナプス伝達系の分子解剖学的研究を行っています。渡邉教授は30年にわたり分子の検出や分子を発現する組織・細胞の可視化に不可欠な抗体の開発に携わり、これまでに200種類以上の分子に対する特異抗体を開発してきました。解剖発生学分野では、これらの抗体を用いて先端的な神経分子形態学的研究を推進しています。
「主な研究テーマは脳のシナプス回路の発達メカニズムに関するものです。発達期の脳のシナプス回路は過剰で重複が多いのですが、外界からさまざまな刺激を受けることで精緻化されます。その際、刺激によって神経回路がどのように変化するのか、伝達が上手く行われなかった場合にどのような影響が出るのかを分子レベルで研究しています」
研究室では、小脳プルキンエ細胞を対象に、(1)シグナル伝達の担い手であるグルタミン酸受容体の発現局所解析、(2)受容体欠損マウスによる運動機能の発達異常という2つの実験・検証を行っています。
「前者にはグルタミン酸の伝達に関わる分子の抗体を用いて、グルタミン酸受容体が神経回路のどこにあるのかを調べています。後者は、その受容体がなくなるとどのような発達異常が起こるのかを調べ、この二つの情報を融合することでグルタミン酸の伝達が神経回路発達にどういう役割を担っているのかを解明します」
グルタミン酸受容体欠損マウスの研究では、プルキンエ細胞の登上線維と平行線維の形成に障害が生じ、重篤な小脳の異常が現れることが分かりました。
「ニューロンは、一つの入力を受けるだけでなく、複数の入力が競争することでバランス良く発達します。どちらか一方が極端に強く(あるいは弱く)なると正常な神経回路が崩れます。このような状況がプルキンエ細胞に起きると、小脳の異常、いわゆる運動失調が生じます。この研究から、プルキンエ細胞の2種類の興奮性シナプス回路が相互に競合的であることを電子顕微鏡レベルで実証した世界初の例となりました」
高度な専門知識と経験を要するテーマだからこそ
一生をかけて取り組む価値のある研究分野です
解剖発生学分野には高度な形態学的解析技術を持つスタッフが揃い、神経回路の発達と機能発現の分子形態学的基盤を追求する多様な研究が行われています。代表的なテーマは「分子発現解析のための特異的抗体開発」、「神経伝達物質受容体の発現制御」、「小脳神経回路の構築と発達基盤」、「グルタミン酸受容体GluDファミリーの発現と機能解析」、「神経伝達調節系の分子解剖学的基盤」などです。手法としては、遺伝子発現解析と神経形態学的解析に必要なin situハイブリダイゼーション、免疫組織化学、電子顕微鏡観察法、神経トレーサー法などが用いられ、いずれも先端的な研究が行われています。
「私たちの研究分野は非常に高度な知識・技術が必要で、研究者として独り立ちするのに5〜10年かかります。1編の論文をまとめるのに数年かかることもあり、難度の高い分野といえます。しかし、そのような努力の先に世界初となる大きな成果が得られ、一生をかけるにふさわしい価値のある研究に携わることができます。医学部は、人間という一種類の動物を解剖から分子、生理、病理、臨床まで勉強することができる学部です。人間を丸ごと全部見られる分野なのです。自分の興味のある分野を深く掘り下げ、同時に俯瞰で捉えることができる。そのような研究者は世界的にも非常に重要で、日本や世界の生命科学の将来を牽引できるような研究者を輩出することが、この研究室の大きな役割の一つであると考えています」
(取材:2013年11月)
山形の郷土料理「芋煮」を囲んでコミュニケーション
研究室では年に数回、渡邉教授が担当している解剖学実習を終えた学生が集まり、山形県の郷土料理芋煮を振る舞う「芋煮会」を開催しています。芋煮は山形出身の渡邉教授が腕をふるい、それ以外の料理や飲み物は学生が持ち寄る楽しく気軽な食事会です。鍋を囲んでのコミュニケーションはさまざまな話題が飛び交い、教授やスタッフと学生たちとの距離を近づけています。